--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

学校でも書きモノ

2013年04月24日 19:11

内容がちょっとだけ灰色なので、折込に閉まっておきます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

生活習慣病?


最近、自分自身の生活リズムの怠惰がひしひしと感じられる。
なんというか・・・非常に刹那的な過ごし方ばっかりなイメージ。
そのとき楽しければそれでいいとか、そういう感じ。

それを自分が悪い、これだから自分は・・・と咎める気はないけれど、
少なくとも1日1日、主に大学が終わって、家に帰ってからの生活を
しっかり意識的に過ごしているかいないかでは、自分自身の気の持ちようも
ずいぶん変わってくるだろう。

あと、これは飽くまでも個人的な憶測だけど・・・
こうした、生活リズムなどの怠惰が、自分を取り巻く
さまざまな環境に波及している気がする。

他人と自分を介して話をするとき、あんまり物事を考えて話をしていないのではないか。
そもそも他人の話をしっかり聞いているのか。
部屋が汚くないか。それに対してどう思っているのか。
惰性で自分の中で解決して「まぁ、なんとかなるさ」とか思っていないか。
自分の意見を他人に投げつけて、ぶつけていないか。

・・・考えさせられることが割と多い。
性格が顔つきに表れるとも言う(・・・それを気にしてる、というのも考えようだけれど。)

飽くまでも、相対的に「よい性格」を求めたいとは思わないけれど、
情けない・・というか色気無い生活を送ることは、なるべくとは言わず避けたい。




・・・時々、自分の中で、「こう思っていれば、ちょっとはプラスに回るだろう」という
   偽善的な思考が交差する。どうすれば、人によく見られるかとか思うことも。

何も考えないで純粋に、とか、できる限り地に、ということをさまざまな文献の中で目にする。
善悪を一概に評価することは難しいから、偽善を判断するということも難しいのではないか、
ということなのか・・・?

自分の行動に善悪をわざわざ下す必要は無いんじゃないか、とも・・・一方で思うことがある。
でも、駄目を駄目という人もいるし、良いを良いという人もいる。


「自分がこれを駄目と思った。」これだけでいいような気はする・・・
「だからそういった考え方はタブー、マイナス」と思ってしまってはいけないし、
逆に「こう考えることが望ましい」と思ってしまってもいけない。

人に人の考えなどを伝える際には、どうしても行動・言語が伴う。感情も伴う。

違う考えを持った人が、お互いの考えを交える。良いとか悪いとかそういう話も入ってくる・・・かもしれない
そこで、笑ったり泣いたり、怒ったりいろいろする。
と、行動や言語に波及したりすることさえある。

だからこそ、揺ぎ無い自分・・・「自分は、こう思った」を、なんにしても持ってないと
いけないとは思う。知識の浅はかな自分なりに


ひねくれた考えをもっているのかもしれない・・・
でも、人としてもうちょっと対人についてや、自分自身について
意識をして生活したいとは思っている。
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://higanlodging.blog96.fc2.com/tb.php/869-d4062fe8
    この記事へのトラックバック


    最新記事


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。